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療育に通って。

息子が 発達に障害があるかもしれないという指摘を受けて通う事になった療育の親子教室。

 

本当のはじめは、 少しの抵抗があった。(教室に出向く前には)

 それはきっと、 息子が””普通””と違うとか、””普通と同じような生活ができない人間に生まれたのか”” という可能性に、不安があって感じた 抵抗なのだと思う。

 

認めるのが怖かった

あたり前に、普通の生活ができる子

に 息子が当てはまらないということを 受け入れることが きっと怖かった。

 

3回お教室に参加した後、現在、一番楽しみにしているのは 療育の親子教室に参加することである。

 

思い通りにならないとき(お友達の使っていたおもちゃを借りようとしたが断られた)に 癇癪をおこした子供に

「だって しょうがないじゃん!! (貸してって頼んだ相手が)いやだっていうんだもん」

と、おおらかに、肝っ玉母ちゃんのような話し方で癇癪を起した子を慰める先生。

 健常者に言葉をかけるのと 全く同じ調子で子供に言い聞かせる先生。

 

親御さんには 「ここで たくさん練習しないとね。  幼稚園に上がって ’’あのお母さんなに? しつけしてないの????”  なんていう目で見られちゃっても嫌じゃん??  ここでは 誰もそんな目で見ないから!!  ダメなものはだめなんだって経験を通じてね、学ばせてあげないとね。」  と先生は とても自然に 暖かく親子を励ましてくれる。

 

この風景に出会って、 私は昔の映画、ヘレン ケラー を題材にした映画 「(邦題) 奇跡の人」 を思い出していた。

映画を観た人はご存知と思うが、 サリバン先生は盲目難聴の暗闇にいたヘレンを 実に根気強く指導し、 

WATER  水には 意味があるの!!!!!  W A T E R !!!  

とヘレンに気づかせ、理解させ、のちに意思疎通をはかれるまでに「彼女が健常者と違うのは 見えない 聞こえない だけである」  ということを証明し、ヘレンの人生を実り多きものへと導けたという 素晴らしい映画。

 

ヘレンはサリバン先生に出会うまではひたすら両親に大切にされて育っていた。

しかし、ただ溺愛するだけの両親のもとでは 彼女が持ち得る才能を開花させる機会を奪われていた。 

そこにやってきたのがサリバン先生。

壮絶な日々がヘレンに始まり、ヘレンと先生は疲労困憊。

 

サリバンの熱意は実を結び、ヘレンは水に触れたときに 初めて 自分以外の人間が この手に触れる液体を 水 と呼ぶことを悟るのだ。

 

私は 諦めてしまうことが多すぎた。。。。。

と日ごろの息子に対する接し方の 足りなさ を発見できるのである。

それが療育の親子教室。

 

今では 一番待ち遠しい 教室である。