息子がハーフな見てくれをしていると、周りの人は「この家庭には外人がいる」と判断する。

みんな、教育熱心で、こと運動機能と語学(英語)を早く伸ばすことに関しての 親御さんの熱意には、頭が下がる思い。

 

英語なんかは、「幼児期が大切~!!」と刷り込まれているかのよう。

 

息子は 子父がケベックの白人だから、 アジアンな私と「ちょうど半分こ」 な感じでハーフな見た目をしている。

私は見慣れてしまっているのか、あまり白人の要素を感じないのだけれど、見知らぬ人から

「もろ ハーフな感じだね~! 国はどこ?」

と 唐突に聞かれたりして 驚く。  

 

今日は 息子が通う幼稚園で 某英会話教室の体験会があって、 参加していた親子が 体験会を終えて 別の習い事をしていた私たち親子の前を通り過ぎていった。

子供さんのほうに

「どお? 楽しかった?」

と 声をかけた私に、その子のママ、

「 パパに教わりたいくらい~!!」

と 半ばがっかりしたような表情。

 

 

パパ?  ん?   

あ、子父のことか!

 

と気が付くまでに かなり時間がかかってしまった。

 

 

一緒に 暮らしていないんだよ~~~~!!!!!!!!

 

と宣言したい気分。

 

きっと、同じ幼稚園に通う子供たちの親御さんたちの中には

 

「いいな~! 自然にバイリンガルに育てられて~!!!」

とうらやまし思っている方々がいるんだろうな。。。。。

 

 

とんでもない!

子父と同居してないどころか、養育費ゼロで家計は火の車、子父はカナダで自由に恋愛しながら 息子と離れ離れにさせられた 犠牲者面して、 楽しく暮らしていますわ~!!!!

 

と、説明したくなってしまう。

 

 

私も うっぷんをためすぎてしまってダメね。  毒吐いちゃう!

 

 

本物の インターナショナルなご家庭を見て、私も

「いいな~!!!」

と思ってしまうから、気持ちは本当によくわかるんだけどね。

 

私に 外国人の伴侶を期待されても困るのよ~。日本では、本当に誰からも相手にしてもらえなかったし、相手にしてもらえないんだから、私は~!!!!!

無気力の原因は、カナダが恋しいからなのか???

秋は 一番気持ちが昂る私。

 

やっと 暑さから解放されて、ちょっとセンチメンタルな気分で、あったかいカフェオレがおいしい季節。  わくわくする~!!

 

でも、静岡の生ぬるい秋は、もはやそのワクワクを奪うばかりで、軽井沢やカナダで過ごした 本当にあっという間に寒くなってくれる 正しい秋の感じが恋しくてたまらない。

 

そんなこんなで 悶々としている私に、厳しい残暑。昨日今日と、日中30℃越え。

 

暑くてイライラしがちなところに、相変わらず流行っているのか知らないが、ニット帽をみょうちくりんにかぶったり、「今年の流行~!トレンド~!!」とはやし立てられている みょうちくりんなファッションの輩を目にして、

 

がっかり 肩を落とす。

 

右に倣えで 一斉に おんなじような恰好までする~?????

 

日本で目にする 恒例の風景が さらに私の怒りを誘う。

 

で、 「明日 帰国しなくちゃならない」 という状況でカナダにいる自分の夢を見る。 それも、かなり 頻繁に。

 

もう、ものすごい絶望感。夢の中なのに、絶望している私。

 

私、カナダでの暮らしが大好きだったから。 どうしてカナダに生まれなかったのかしら? って悲しくなったくらい。

家族や 友達が そばにいないことぐらいしか 不便はなかったし。

 

きっと、気力が無いのは、

 

生きたい場所で 生きられない 自分への もどかしさなんだろうな。。。。。。。。。

 

ないものねだり?

 

違うと思う。

 

なんだか 行き詰まってしまったよ。

やる気が出ない。。。。。。。。。。。。。

どうにもこうにも 気力が出ないの。

 

こういう時、どうしたらいいんだっけ??????????

 

 

やる気が出るのを待っていたら 3日くらいはかかるから、まずやってみる。

やり始めると、やる気が出る。

 

そう思って動くことは動くのだけれど、そうしたところで やる気が出なくて どんどんレイジーになってしまう自分に、さらにやる気をなくしてしまって 悪循環。

 

今の私、オーラが暗く、濁っているに違いない。

 

 

 

そんな私にも、不思議な出来事が起こって、

 

今までで私の中で一番大きな恋をさせてくれた彼が、突然夢に出てきて、しばらくの間その余韻に浸っていたら、その彼からメールが届いてあらびっくり。

 

彼のほうは、今Norwayで家庭をもって 幸せそうに暮らしている。

 

だから メールの返事も やりとりも、 そういった事情に差し支えないようなものだけど。

 

こんなに時間がたった今でも、お互いが おのおの元気に過ごしていることをうかがい知ることができるのは、この時代に生きられた幸せだって思える。

 

 

思い返せば、「偶然ばったり出会いたい!」と 願って願って 彼が暮らす町に暮らすことを選び、   本当に偶然ばったり出会えた時に、一緒に歩いた道中、緊張しすぎて嬉しすぎて、雲の上をふわっふわと歩いているかのような感じを味わった。

そんな気持ちにさせられたのは 今のところ 彼だけだから、きっと一生ずっと 彼は特別な存在!

 

 

もう27歳だった当時の私より ずっと年を取ってしまって 立派に40歳(!!!)の私が、また機会があったとして、彼の前に姿を見せられるのだろうか???

 

出したいよ、そりゃ~!!

 

と、なりふり構わず思ってしまうところが、40のおばさんだよね。。。。。。

 

 

夢でも会えて嬉しかったのに、偶然その数日後にメールまで来たから 運命感じて嬉しかったのに、 相変わらずやる気が出ない 今の私。。。。。。。

 

 

今日は、せめてゆっくり眠りたい。

(でも、腰のヘルニアが悪化しているようで、痛くて何度も起きてしまうんだよね。。。。。。。本当、すっごく痛いんだよ~!!!!!)

 

 

 

華原朋美 が静岡のお祭りに来た!!

静岡市 の市民ならば ご存じの夏のイベント、フェスタ静岡が開催された。

 

駿府公園で行われるこの 夏祭り的なイベント、昭和に小学生だった私には思い出が残っているもの。

 

今年はステージに小室哲哉 やサンプラザ中野、MayJ や八代亜紀華原朋美 といった豪華なメンバーの集まるお祭りとなった。

 

私も息子を連れて、プラっと日曜日に出かけてみたけれど、コンサートを鑑賞できるはずもなく、息子の好みの対象ばかりを回るだけだった。

朝の10時には駿府公園に着いて散策していたものの、息子の好きなミニSLの乗車は11時から。。。。。。

 

公園内を散歩しながらコンサートステージの近くを通りかかると 長い列。

みんな、順番待ちして前のほうでコンサートを鑑賞しようとしてた。

と、 華原朋美の歌う I'm proud が聞こえてきた。

 

どうやら リハーサルをしているみたい!!!!!!!!

 

すぐ近くに あの ともちゃん がいるんだね~!! と思ったら興奮した。

 

 

でも、今の若い子には

 

「ん? 誰それ??」

な 存在なんだろうな。。。。。。

私たちの世代には、一斉を風靡した 小室ファミリーのともちゃん、元カノなともちゃんなんである。 あの頃は こんな近くで、無料で拝めなかった存在なんから。

 

リハーサルの声だけ聴けただけでも嬉しいさ。

 

 

やるせない月曜日の夜。。。自業自得

私の場合、生理の4日目辺りに 意味の分からないイライラと 激しい短気に襲われる。  この精神状態は たぶん出産してからのはず。

 

もう更年期障害を目の前に控えた お年頃なのだから、無理もないのだろうけれど、この突如やってくる 「イライラ」の周期は ホルモンの関係に違いない。

 

いつもは許せることが 許せない。。。。。。。。。。。

 

とばっちりは、息子が受けてしまう。。。。。。。。

 

月曜の夜の今夜、そろそ寝る時間 だったのに息子がなかなか寝付かないので、私は自分の歯を磨き始めた。

いつもなら このタイミングに 一人でも眠る息子が、今夜はなぜかまだ元気が残っていて

 

「はい、宅急便 どうぞ~!!」

と自分のぬいぐるみを てぬぐいでくるんで 私の元へ サプライズプレゼントとして 届けに来た。

 

いつもなら、その突飛なごっこ遊びに乗っかって、

「宅急便 屋さん~! ありがとう!!

 はい、ハンコをどうぞ~!! ごくろうさま~!!!」

と 対応できるのに、今日は

「もう 寝る時間!!!!  いらない!!!!!!!!」

と 息子に冷たくしてしまった。

 

私は歯を磨いていたので、鏡越しに息子の様子を見ていたら、残念そうに手ぬぐいに包んだぬいぐるみを取り出し、おとなしく布団に横になったのであった。

 

「あたし、いらないって怒鳴った????????」

 

多重人格かよ?っていう勢いで、自分がしたことを振り返って 突如 激しい後悔に襲われる私。。。。。。。。

 

今夜は早く寝たい  という焦りが、どうしようもないイライラになってしまい、挙句眠れなくなるほど息子へ申し訳ない思いでいっぱいっていう 負のスパイラルにはまりこんだしまったよ。

 

 

 

もうね、 あのさみしそうな 息子の姿。   記憶にしっかりと刻み込まれちゃって、きっと一生後悔するわ、私。

 

馬鹿な私。

ダメな母親。。。。。。。。。。。

 

悲しい。。。。。

 

すべて自業自得。

看取り介護の現場で思うこと

私は、パートタイマーで、勤務時間は4時間ちょっと。

仕事内容も掃除、ベッドメイク、洗濯、洗い物 といった簡単なもの。

 

しかし 現場では、 おむつ交換から入浴介助、水分補給、食事介助、投薬、医療行為、などなど、介護の本当に大変な部分を任される 資格保持者である介護士さんや 看護師さんたちと働くわけで、そこに渦巻く 人間関係にも触れたりせざるを得ない。

 

 

「私は スイス と思ってください」

 

永世中立国 的な存在でありたい。。。。。。。

 

 

永世中立国がなんなのか、よくわかりもしないで、なんとなく平和そうで、かってにそんなふうに思っている私。。。。

 

介護士さんの中にはね、 いるのよね、 ものの言い方が キツイ方も。

 

「(認知症で)わからないと思って 好き勝手言いやがって~!!!」

 

と、私が患者さんだったら嫌だな と思うような言い方や あしらいかたをする人もいるんだわ。。。 悲しいけれども。

 

私はね、患者さんのすべてを

「自分と同じだけ理解している。ただ、思うように言葉を発したり、体をうごかせないというだけ。」

と思いながら 接してる。

彼らが 自分の親だったなら。  自分自身であったなら。

そういう想像力を働かせれば、暴言にちかい ものの言い方はできないと思うんだが。。。。。

 

いろいろ、ショックは受けるけれど、口の悪い彼女は 仕事が早いし 裏表がないから信用ができる。。。。。。。。

 

このごろ、人を敬うこと、そしてそれぞれの価値観を受け入れること の大切さを痛感しているよ、本当に。

TGIF やった~!!!金曜日だ!!!

Thank God it's Friday!!

「TGIF っていう表現、つかいますか?」

と語学学校で担任の先生に質問したのは かれこれ14年も前の話になってしまった。

 

Time flys。。。。

 

28歳だったかな?  モントリオールに2週間の短期語学留学をしたのは。

当時、恋愛対象の傍にいたくて長野に引っ越し、大好きなベーグルを焼く仕事をしながら 大好きな人の住む町に住んでいるだけで幸せすぎた私は、恋愛対象が ぷいっと日本を去ることになり、生きる気力さえなくしかけた時に決行した 短期留学。

 

忘れもしないよ、彼に電話をかけたら 呼び出し音が

「現在使われておりません」

という冷たメッセージに変わっていたのを聞いた瞬間、床に突っ伏して泣いたことを。。。。。

 

君は 悲劇のヒロインかね?

という勢いだった。

でも、当時の私には 「彼ありき」の長野生活だったし、「彼がそこにいたから」その町さえ愛おしかったわけで。 そりゃあ絶望しますってもんです。

 

で、自分が一人でも立ち上がるためには、人生の目標を立て直せなければと奮起して挑んだのが 短期留学だった。  行き先にこだわりなんかなくって、

 

「できれば 日本人が少なく、英語にどっぷり浸かれる環境」

と言う事だけを漠然と頭に置きながら、渡航先を考えていて、立ち寄った本屋で偶然出くわしたのが キャナダ人のALT Sさんだった。

 

「わたし、短期で留学してみたいんだけど、おすすめってある?」

と聞いたら 

「キャナダで選ぶとすれば、バンクーバーはアジア人が多すぎる、内陸部は平坦でつまらない土地がただただ続いているだけ、モントリオール辺りはヨーロッパの風情があって、いろんな国の人間に出会えるから、君に向いているかもしれないな。 トロントもいいけどね、日本人はたくさんいると思うよ。」

という答えが返ってきた。

 

「へ~、モントリオールね。。。。。じゃあ、そこにするか~!!」

 

もう半ばやぶれかぶれ、自分を見失いつつあった私は Sさんのおすすめを鵜呑みにして、テキトーに行き先を決定し、初めてキャナダに降り立つことになった。

 

そんな始まりだったのに、語学学校で入ったクラスの担任は校内一番人気の、最高に楽しくて面白い先生だったし、ホームステイ先のホストも料理好きのママと、昔日本に仕事で出かけて 日本びいきになったというパパのお宅だったし(しかも2人とも生粋のケべコワ!!)、大失恋のあとの 幸運が重なる 初キャナダになった。

 

天は 案外バランスをとってくれているのかも?

 

で、当時英語の次に情熱を注いでいた ベーグルも、モントリオールにはモントリオールベーグルがあるので、2週間という短期の滞在の中、頻繁にSt-viateur Bahgel cafe に通い(この店も ステイ先から歩いて10分そこそこの場所にあった!!)、「私も日本でBagelを焼いているのよ」とBagel bakerのベトナム人のスタッフさんに話して、仲良くなり、帰国前日に 店に寄るように言われ、2ダースものベーグルを

 

「日本のBagel店の仲間に、このBagelを 食べさせてあげなよ~!!」

とタダで Bagelをもたせてもらって帰国した。

 

ワーホリのビザを31歳でやっと手に入れた私は、迷わずモントリオールに戻ったわけだけれど、「まだいるかな~? 覚えていてくれるかな~??」と お店へ出かけて再会を果たしたベトナム人の Bagel baker のおじさん、話をしたら

 

「あ~!!!  君か~!!!!思い出したよ~!!!!」

 

と言ってくれた。

 

私、モントリオールとの ご縁に感謝しているし、このご縁が不思議でならない。

 

もう始まりは すべて偶然のつながりだったし、小田和正じゃあないが

あの日 あの時 あの 本屋で

Sさんに ばったり出くわさなかったら、きっと「地球の歩き方」 は カナダ ケベック州  ではなく、イギリス もしくは アメリカを選んでいたはず。

 

 

TGIF

 

今週は休まずに仕事に行くことができて、毎朝お弁当も 息子と私の2食分をこしらえて、走り切ったな~!! 出し切ったな~!!! という達成感でいっぱい!!

 

水曜日の夕方、「明日は まだ木曜日かよ!!!」

 

と思ってしまうくらい全力だったし、金曜日の今朝なんか、

「今日、仕事行きたくない、、、、、」

と思ってしまったけれど、頑張れた!!!!!

 

週末は、息子と思いっきり楽しむんだ~!!!!